神戸地方裁判所 平成10年(ワ)1154号 判決 1999年4月21日
原告
永井慶子
ほか二名
被告
中原健太郎
ほか一名
主文
一 被告中原健太郎は、
1 原告永井慶子に対し、金三六六万六七〇二円及び内金三一六万六七〇二円に対する平成八年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
2 原告永井宏美及び同永井竜二に対し、それぞれ金二七一万五四〇一円及び内金二四六万五四〇一円に対する平成八年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
二 原告らの被告中原健太郎に対するその余の請求及び被告中原光嗣に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告中原健太郎の、各負担とする。
四 この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告らの請求
被告らは連帯して、
一 原告永井慶子(以下「原告慶子」という。)に対し、金二一五三万四四四九円及び内金一九二八万四四四九円に対する平成八年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
二 原告永井宏美(以下「原告宏美」という。)及び原告永井竜二(以下「原告竜二」という。)に対し、各金一〇七六万七二二四円及び内金九六四万二二二四円に対する平成八年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
第二事案の概要
本件は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した永井達男(以下「亡達男」という。)の妻子である原告らが、被告中原健太郎(以下「被告健太郎」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、加害車両の所有名義人であり、本件事故当時未成年であった被告健太郎の親権者である中原光嗣(以下「被告光嗣」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条、民法八二〇条に基づき、損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事故の発生
日時 平成八年九月二二日午前五時三〇分ころ
場所 神戸市西区伊川谷町有瀬三一一の五先道路外の歩道上(以下「本件事故現場」という。)
被害者 亡達男(本件事故当時六八歳)
加害車両 自家用普通乗用自動車(神戸七九す二二〇二)
運転者 被告健太郎(本件事故当時一九歳)
登録名義人 被告光嗣
態様
亡達男が本件事故現場において立ち話をしていたところ、本件事故現場脇の市道を南から北に向かって進行してきた被告健太郎運転の加害車両が、居眠りのため運転を誤り、右市道と本件事故現場の歩道とを隔てている鉄製フェンスに激突し、フェンスを隔てて本件事故現場側に設置されていた大型自動販売機に衝突して同機を転倒させたため、亡達男がその下敷となった。
2 亡達男の受傷・死亡
亡達男は、本件事故により頭部外傷第Ⅲ型、、脳挫傷、急性硬膜下血腫、右腓骨骨折、左脛骨及び腓骨開放性骨折の重傷を受け、平成八年九月二二日から平成九年三月一七日まで神戸市立中央市民病院に入院し、引き続き足立病院に入院していたが、本件受傷のため、発語、摂食、排便、体幹・四肢の機能を全廃し、全介助を要する症状であったところ、平成一〇年一月八日午後一時四二分ころ同病院において、本件事故に起因する誤えん性肺炎のため死亡した。入院期間は合計四七四日間であった。
3 被告らの責任原因
本件事故は被告健太郎の過失により発生したものであるから、被告健太郎は、亡達男の傷害・死亡による損害について民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負う。
被告光嗣が亡達男の傷害・死亡による損害について賠償責任を負うかについては当事者間に争いがある。
4 相続
原告慶子は亡達男の妻、原告宏美は同人の長女、原告竜二は同人の長男であるところ、他に相続人はいないので、原告らは同人に発生した損害につき、それぞれ法定相続分に従い、原告慶子が二分の一、原告宏美、原告竜二が各四分の一ずつ相続した。
二 争点
1 被告光嗣の責任の有無
2 原告らの損害額全般
特に争われているのは以下の点である。
亡達男に休業損害や家事従事者としての逸失利益が認められるか。
亡達男が受給していた国民年金・厚生年金が逸失利益となるか。
仮に逸失利益になるとすると、原告慶子が受領することになった遺族年金を原告慶子の賠償額から控除すべきか。
第三判断
一 争点1(被告光嗣の責任)について
1 証拠(甲一九、乙二、被告健太郎)によると、加害車両は本件事故の約一か月前に被告健太郎が、代金全額を三年間の分割払いとして、購入したものであること、その際、被告健太郎は既に働いていたが当時一九歳であったため、販売店が成人名義で購入するよう求めたことから、被告健太郎は父である被告光嗣を所有名義人とし、自らを使用者として、購入し登録したこと、もっとも、被告光嗣は、その数年前からオランダに単身赴任しており、年に一、二度、一週間ほど帰国するだけであったこと、留守宅にある印鑑等を利用して住民票や印鑑証明書を入手して用い、事後に被告光嗣の了解を得たこと、いわゆる任意保険は被告健太郎が自らの名義で加入していたことが認められる。
2 右事実からすると、被告光嗣は、被告健太郎が、自分の留守宅に妻と同居している我が子であるとはいえ、加害車両の運行に関して、何らかの指示を与えることができる状況にはなく、もとより運行の利益を得ることもなかったというべきであるから、自動車損害賠償保障法三条にいう、自己のために自動車を運行の用に供する者とは言えない。
また、右の生活状況に照らせば、被告光嗣が親権者として被告健太郎に対する注意監督を怠ったとも認められない。
よって、原告らの被告光嗣に対する請求は理由がない。
二 争点2(原告らの損害額)について
1 亡達男の傷害による損害
a 治療費 一一二万二二四八円(請求同額)
亡達男に本件事故による負傷のため右の治療費を要したことは当事者間に争いがない。
b 入院雑費 六一万六二〇〇円(請求同額)
亡達男の入院日数は合計四七四日間であるところ、これに要した雑費は一日一三〇〇円の割合で認めるのが相当である。
c 付添看護費 二八四万四〇〇〇円(請求四六五万円)
証拠(甲二一、二二、四〇、原告慶子)によると、亡達男が入院中、肉親による付添看護が必要であったこと、このため、妻である原告慶子は、本件事故前までの勤務先を事故後すぐに退職し、亡達男が入院していた期間、全日にわたり付添って看護を続けたこと、原告慶子は、右勤務先で月額約三〇万円の給与(通勤交通費を除く。)を得ていたことが認められる。
右事実のほか、後記のとおり原告慶子の通院に要する費用もあることを総合すると、本件事故と相当因果関係のある付添看護費としては一日当たり六〇〇〇円を相当とする。
d 付添看護人の通院交通費等 二万七三〇〇円(請求八二万一九四〇円)
付添人の通院交通費は、付添看護費あるいは入院雑費に含めるべきで、別途認めるのは相当ではない。
これに対し、証拠(甲二五ないし三二、弁論の全趣旨)によると、亡達男の転院の交通費として二万七三〇〇円を要したことが認められ、これは本件事故と相当因果関係のある損害といえる。
e 車椅子購入費 一三万四三三〇円(請求同額)
当事者間に争いがない。
f 休業損害 〇円(請求四六七万六三五〇円)
証拠(原告慶子、弁論の全趣旨)によると、本件事故当時、亡達男は原告慶子、原告竜二と同居していたが、原告宏美は別に暮らしていたこと、原告慶子と原告竜二は昼間勤めに出ていたこと、亡達男は昭和六三年に定年退職し、二年ほど嘱託として勤務したあとは無職であって、退職年金を受給しており、他に収入はなかったこと、亡達男の健康状態は良好であって、ある程度家事をこなしていたことが認められる。
けれども、亡達男の家庭での労働が、原告慶子や原告竜二の稼働を支えていたというほどのものであったとは窺えず、亡達男の家庭での作業は、年金生活者としての自己の生活を維持する作業をさほど出るものではなかったと推測されるから、亡達男が家事をこなせなくなったからといって、休業損害が発生したものと認めることはできない。
g 傷害慰謝料 三九〇万円(請求同額)
亡達男の負傷や入院状況に照らせば、傷害慰謝料は三九〇万円とするのが相当である。
h 文書料 二〇六〇円(請求同額)
当事者間に争いがない。
2 死亡による損害
a 逸失利益
イ 家事従事者としての逸失利益 〇円(請求一三八二万三〇四九円)
前述のように、亡達男が家事に従事できないことによる損害は認められないから、逸失利益の主張は失当である。
ロ 年金受給権喪失による逸失利益 一四九〇万一三一一円(請求一八二六万〇四三〇円)
証拠(甲三四)によれば、亡達男は国民年金・厚生年金を合わせて年二八六万〇五〇〇円を受給していたことが認められ、簡易生命表によれば、六九歳の平均余命は一四年(新ホフマン係数は一〇・四〇九四)であることが認められる。
被告らは、国民年金・厚生年金の逸失利益性は否定すべき旨主張するが、これを肯定するのが妥当である(最高裁平成五年九月二一日判決・集民一六九号七九六頁)。
ただし、生活費として費消されやすい年金の性格を考えれば、生活費控除割合を五〇パーセントと考えるのが妥当であり、これをもとに計算すると、年金受給権喪失による逸失利益は一四八八万八〇四四円となる。
2,860,500×(1-0.5)×10.4094=14,888,044
b 葬儀関係費 一二〇万円(請求二七〇万六二七〇円)
本件事故と相当因果関係があるとして被告らが負担すべき葬儀関係費用は右金額が相当であり、弁論の全趣旨により、各原告がその相続分に応じて負担したものと認める。
c 死亡慰謝料 二二〇〇万円(請求二五〇〇万円)
証拠(甲二二、原告慶子)によると、亡達男の世帯は主として原告慶子、原告竜二の収入によって維持されていたと言えるが、退職したとはいえ、亡達男は七〇歳前の年齢であり、家事にもある程度の働きをしており、家族の中心的な存在であったと認められる。そうであれば、死亡による慰謝料としては、二二〇〇万円が相当である。
3 小計
以上の損害を合計すると、四六七三万四一八二円となる。
4 損害の填補
a 原告らが、本件事故に関して自賠責保険金三〇〇〇万円、任意保険金五八七万二五七八円、被告健太郎からの見舞金一〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないところ、右は損害の填補に当たる。
b 遺族厚生年金について
証拠(甲三五)によると、原告慶子は、亡達男の死亡により、平成一〇年二月から遺族厚生年金(年額一六二万八四〇〇円)を受給するようになったことが認められる。
右受給は、損害の填補として控除すべきであるが、それは本件口頭弁論終結の月の支給決定額までとすべきである(最高裁平成五年三月二四日判決・民集四七巻三号二〇七頁)。すると、損害の填補となる年金は平成一〇年二月分から平成一一年二月分まで一三か月分合計一七六万四一〇〇円となり、遣族厚生年金の受給権者は原告慶子のみであるから、これを原告慶子の損害額から控除すべきである。
1,628,400÷12×13=1,764,100
5 相続
亡達男の権利義務につき、原告慶子が二分の一、原告竜二及び原告宏美が各四分の一の割合で相続したことは前述のとおりである。
そうすると、原告らが請求できる損害賠償額は、原告慶子が三一六万六七〇二円、原告竜二、同宏美が各二四六万五四〇一円となる。
6 弁護士費用 一〇〇万円(請求四五〇万円)
本件事案の内容、訴訟の経過、右認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては総額一〇〇万円(負担は原告慶子五〇万円、原告竜二及び同宏美各二五万円)と認めるのが相当である。
三 以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告健太郎に対して、主文一項の限度で理由があるからその範囲で認容し、同被告に対するその余の請求及び被告光嗣に対する請求は理由がないものとして棄却することとし、民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項、二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 下司正明)
(別紙) 損害計算表(10ワ1154)